food&wine/料理とお酒

【Gastronomija Srbije / セルビアの食文化】

セルビア料理の特徴

 

"Every best things come from Home Made" 

バルカン半島は、最初で最後のヨーロッパ。日本人があまり訪れることのない、知られざる美食地帯。セルビア共和国は、東西ローマ帝国、オスマン帝国の支配、ハプスブルク家の占領と影響を受けた東西文化の交差点である。この地域では、オスマン帝国の発展とともに東西の食文化が交わり、宮廷料理が完成したといわれている。

トプカプ宮殿の厨房で調理にあたったのは、デヴシルメ制度で税として徴用した帝国内のキリスト教徒の少年たちから選抜された者であった。イェニチェリ(少数精鋭のスルタンの近衛兵)として改宗し、後年は軍人や高官となる彼らもそのスタートは外廷のコックであり、そこから輩出された帝国のエリートたちが、さまざまな形で宮廷の洗練された料理を全土に広めていった。また、帝国の崩壊後に職をうしなった宮廷料理人たちの帰郷は、手の込んだ郷土料理の発達をさらにうながした。

首都ベオグラードは欧州最古の街のひとつ。フランスのボルドー地方や北海道と同じ北緯44度に位置し、料理は主に東側から。酒は主に西側からの影響を受け、その魅力的な融合がバルカンの食文化を形作っている。宗教上肉食を禁じる期間があるため、豆や野菜、乳製品を使ったメニューも多い。食卓を囲んだそれぞれが大皿料理を取り分けるスタイルは、日本の昔ながらのおもてなし料理にも通じ、はじめて口にしてもどこか懐かしさが感じられる食べ物が多い。

豊かな農業国

バルカン半島は豊かな環境に恵まれ、中央ヨーロッパの主要な農業地域となっている。北の平原は大陸性気候、南部は地中海性気候と地域ごとに特徴が異なる。国土の大部分は古代パンノニア海の海底であったため、海洋堆積物が堆積した肥沃な土壌が広がっている。(詳細は:セルビアのテロワール(気候・風土・土壌) へ)

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郷土料理は、地場の素材を活かした大家族むけが主流。養豚はセルビアの主要産業のひとつであり、ナラなどの雑木に恵まれたシュマディヤ平野では19世紀以来豚の飼育が盛んである。1804年にオスマン帝国に対し蜂起したカラジョルジェことジョルジェ・ペトロヴィッチ(Karađorđe Petrović)も豚商人であった。放牧で育てられた家畜の肉は、赤身が強く味が濃い。屠畜、解体も自家で行うこともあり、店頭でも枝や塊の状態で販売される。山国のため、魚はドナウ川の川魚が主である。

また、セルビアを語るうえで欠かせない食べ物のひとつがパプリカ。ローストパプリカをペーストにしたアイヴァル(Ajvar)、フルーツブランデーのラキヤ(Rakija)、天使のようでもあり悪魔的に美味なる乳製品カイマック(Kajmak)とならび、セルビアの食卓における三種の神器といえる。

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秋には冬に備えた保存食(Zimnica)づくりが行われ、おしなべて最上のものは自家製(domaća)であり、市販品に勝るとされている。パプリカペーストのアイヴァル(Ajvar)やキャベツの漬物のキセリクプス(Kiseli Kupus)、地酒のラキヤ(Rakija)などがその代表である。

  

オスマン帝国の影響

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食肉の種類は宗教による影響を受け、全域で豚肉が好まれる。オスマン帝国の影響を強く受け、山がちの南西部では羊肉も好まれ、北部の平原では牛肉も多く使われる。

パンやチーズ、コーヒー(Domaća kafa)、菓子類もトルコ発祥のものが多くみられる。ピタパンのレピニャ(Lepnja)、白いチーズのシレネ(Sirene)、カイマック(Kajmak)、ブレク(Burek)やロクム(Ratluk)などがその代表である。

調理方法は炭焼き系と煮込み系に大別される。

 

●炭火焼き系

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ハレの日のご馳走が多く、一家の長である男性が携わる場合が多い。素材そのものの味が異なるため、日本での丸焼き系の味の再現は難しい。(チェヴァプチッチ(Ćevapčići)やプリェスカヴィツァ(Pljeskavica)など、挽き肉のグリルも人気。

 

●煮込み系

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手間ひまのかかる郷土料理は、レストランなどで提供されることはすくなく、伝統的な「おふくろの味」として親しまれている。葉に包んだ肉、野菜をくり抜いた肉詰め、ぶつ切り肉や豆などを大量に調理し、長時間煮込む。代表的な料理は、スヴァドバルスキ・クプス(Svadbarski Kupus)、プニェネ・パプリケ(Punjene Parprike)、ドルマ(Dorma)、ジュヴェチ(đuveč)など。

 

セルビアのカイマック(kajmak)について

カイマック(kajmak)は牛乳(または水牛、羊、山羊の乳)の分離したクリームの膜からつくられた、天使のような悪魔のような発酵クリーム。セルビア語で「カイマックをさらう」といえば、「美味しいところだけ取る」という意味だそう。

「イギリスのクロテッドクリームに似ているけれど、その100倍美味しい」と評する友人も。脂肪分が高く、通常は約60%ほど。濃厚でクリーミー。豊かな味わいを持つ。

語源は中央アジアのテュルク語に由来。中央アジアからバルカン諸国にかけ、コーカサス、トルコ、中東地域などで食されている。セルビアでは大量生産品も市販されているが、上質なものは自家製である。主な名産地は、クラリェボ(​​Kraljevo)、ウジツェ(Užice)など。クラリェボ(​​Kraljevo)、最高品質のカイマックを求める人々が毎週金曜日のマーケットに集まる。

2015年に参加した牧場でのワークショップでは、放牧ジャージー牛の初乳が使われた。フレッシュ・カイマックも、数日間熟成させたカイマックも、どちらも絶品の忘れられない味。以下は、ワークショップで撮影した写真でたどる、カイマックの製造方法。

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訪れたのは、ベオグラードから車で4時間ほど南下したゴリア山地にある農園。一帯は2001年に生物圏自然保護地域として登録されており、緯度は青森県と同程度。標高は最も高いJankov Kamen山が 1,833m。見渡す限の広大な農園で、遠くに見える点が放牧している牛たち。鶏舎も平飼い。養蜂の巣箱も。

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出迎えてくれたのは名人のMica(ミカ)さん。お宅を訪問すると何はともあれまず「お茶っ子」でよもやま話がはじまるのは、日本の田舎と同じ。豊かな農村風景は黄金色に揺れるトウモロコシを稲穂に、積まれた麦藁をはざ掛けに置き換えれば遠野や花巻と重なり、岩手の農園でこちらの写真を見せても「このへんの写真じゃないの?」とデジャヴを感じた返答を受けたのは余談。

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お待ちかねのKajmak(カイマック)づくり体験。原材料は出産したばかりの母牛の初乳と塩のみ。日中は放牧している牛たちが日没後に牛舎に戻り、仔牛のお腹がいっぱいになると人間の番。ミカさんが翌日の分を搾乳。

50ℓの牛乳で800gのカイマックができる。絞った牛乳をひと晩置き、脂肪分が分離して浮かんでくるまでそのままにしておく。

2015-09-22 171.jpg2015-09-22 172.jpgカイマック(kamak)について

分離した牛乳がはいった鍋を火にかけ、脂肪分が湯葉のような膜になるまで加熱する。膜がはったら火を止めて冷ます。牛乳が覚めたらナイフで丁寧に鍋肌から膜をはがし、そっとまとめて

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脂肪膜を抑えて下の液体を別の容器に移す。(脂肪膜をすくいとった後の牛乳には、別途レンネットを加えてチーズをつくる。)

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とりわけた脂肪膜を密封容器に移し、塩をふって3-4日冷蔵庫で熟成させる。 

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こちらは既に2-3日発酵させてあるフレッシュカイマックの試食。アイスクリームのように、ころころと盛り付け。

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肉やケーキ、食卓のあらゆるものとカイマックの組み合わせを試し、個人的には、パンと蜂蜜、カイマックのコンビネーションがツボ。(セルビア人には邪道だと言われますが・笑)

セルビアの養蜂と蜂蜜(Srpski med)について

バルカン半島は古代ギリシャ、ローマ文化の発祥の地であるとともに、現在ユーロに加盟していない国もあることから「最初で最後のヨーロッパ」ともいわれている。蜂蜜は地域を象徴する食材のひとつ。穏やかな大陸性気候や豊かな植物群のおかげで、高品質の蜂蜜を生産するための環境が整っている。古代ギリシャでは蜂蜜は雲から到来すると考えられ、不死を約束してくれる神々の食べものと考えられていた。また、ローマ人は蜂蜜を「天国で生まれた空気の贈り物」と考え、神への捧げものとした。ギリシャ語では蜂蜜をmelisと言い、古代ローマで話されていたラテン語のmelは蜂蜜にまつわる様々な語源となっている。メリッサという女性名も蜂蜜を意味する言葉から来ている。

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キリスト教では主は人類を照らす「光」。祈りの場にはその象徴であるロウソの灯りが不可欠である。修道院ではロウソクの原料である蜜蝋を得るために養蜂を行い、蜂蜜や蜜蝋は甘味料、添加物、自然療法の治療薬、防腐処理にも使われた。6世紀と9世紀の間、バルカン半島に定住したスラヴ人にとって主要な農業活動であった養蜂は、修道院や教会が普及に大きな役割を果たした。養蜂は非常に尊敬される職業となり、領主の館や地所には不可欠な技術とみなされ、中世には王族の中にも広がった。 セルビアでは9世紀にキリスト教に改宗後、19世紀まで養蜂は修道士(のちには教員も)が携わる仕事であった。カトリック教会はミツバチと養蜂家の守護聖人として聖ヴァレンツィヌス(バレンタイン)を認定。4世紀にミラノ司教を務めた聖アンブロジウスも養蜂家、ミツバチ、ロウソク職人の守護聖人である。

1920年度以降は国家が養蜂を推進し、1962年の社会主義体制後、産業が飛躍的に発展した。1998-1999年のコソボ紛争が原因で国境地帯の農業が崩壊した際には、地雷の撤去作業が完了するまでの間、養蜂は酪農や耕作に比べ迅速な利益をもたらし、より安全な代役を果たした。(写真1枚目はベオグラード、サヴァ教会にて。入り口付近にある台がふたつの台にロウソクを灯す。高いほうは生きている人のため、低いほうは亡くなった方のため。)

【blog】セルビアのラキヤについて Srbska Rakija を追加しました20171216231638.jpg

ミード(mead)は蜂蜜が発酵した酒で、人類最古のアルコール飲料であろうと言われてる。古来語のmeoduを語源とし、バルカン半島でも古代から親しまれ、世界各地で飲まれている。 修道院では聖体礼儀のためのワインとともにミードを醸造し、収入を得る糧ともなった。

また、セルビアの代表的な地酒ラキヤ(rakija)にも、はちみつを使用したものがある。蜜蝋で封印された瓶もよく見うけられ、現在も生活のさまざまな場面で養蜂の産物が余すところなく利用されている (日本の鮫や鯨に捨てるところなしと言いますが、それに通じるものを感じる)。 

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2012年現在、セルビアでは31,000人の養蜂家が年間約6、865トンの蜂蜜を生産している。そのうちプロの養蜂家は266件で、94.7%が家庭内での事業である。2015年に訪問したセルビアの農園でも牛の放牧、養鶏とともに養蜂に従事していた。ゆずっていただいた蜂蜜の美味しかったこと!!

グリーンマーケットで野菜や果物、蜂蜜の瓶に群がっているのは蜂。屋外の食事でワインの甘い香りに誘われてくるのも蜂。いちいち怖がっていたら身が持たないうえ、バルカン半島に生息するカーニオラン種の蜂は大人しく、手で払いのけられるので親しみさえ覚る。黒い瞳と灰色の縞模様が印象的。現地ではカルニカと呼ばれ、スロヴェニア(旧ユーゴ)が原産。のんびりゆっくりと飛ぶ姿は、喩えて言えば、血を吸い過ぎて重たくなり過ぎた蚊のようであった(日本の養蜂の主流はイタリア原産の「西洋ミツバチ」であるが、一部ではカーニオランの女王蜂も輸入されている) 

【Gastronomija Srbije / セルビアの食文化】セルビアの蜂蜜について を追加しました20160919_075322837.jpg

蜂蜜はスーパーマーケットでも販売されているが、人々は信頼できる養蜂家から直接を買う傾向がある。さまざまな花から採集された蜂蜜、巣入りのコムハニー、花粉、プロポリス、薬効をうたったものなど、さまざまな製品が売り場に並んでいる。 なかでも人気はヒマワリ蜜である(オンラインショップでも販売)。

カメノボ(Kamenovo)村では毎年4月にバルカン地域から、何百人もの養蜂家を集める伝統的な2日間のフェアが行わる。小さな村ながら4千以上の蜜蜂の巣箱があるため、「蜂の巣村」として知られており、ほかにも各地ではちみつフェアは開催されている。また、ホモリェ山脈(Homolje)で生産されるホモリェ蜂蜜(Homoljski med)は特に有名で、フルシュカ・ゴーラの菩提樹蜂蜜(Fruškogorski lipov med)、ジェルダップの蜂蜜 (Đerdapski medカチェルの蜂蜜(Kačerski medとともに、欧州連合(EU)が定める原産地名称保護の対象にもなっている。

 

参考書籍、参考サイト

『ハチミツの歴史 (「食」の図書館)』作者: ルーシー・M.ロング,大山晶

REPUBLIC OF SERBIA MInistory of Agricalture, Forestory and Water Managemtent.

Bee Keeping in the Balkans

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